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2017年10月24日火曜日

命をかけて投票権を渇望する香港の若者と投票権を軽く放棄する日本の若者

2017年10月の衆議院議員選挙投票率は、戦後2番目の低さ


またもや投票率の低さが浮き彫りになってしまった日本。
2017年10月の衆議院議員選挙は53.68%と前回、平成26年に次ぐ戦後2番目に最低の水準だったそうな。
それをもって、最近の若いやつはと言えないのは、僕自身もそんな元政治無関心の若者代表だったからだ。
その日暮らしの人間にとっては、どこの政党が与党になろうが、誰が総理大臣になろうが、明日は今日とは何も変わらないはず。
そう思っていただけに選挙には行かなかった。
今思えば、実際、日々の生活に影響を受けていたのに、感じることができなかった。
未熟だったということだと思う。

選挙に行かなかったのは未熟だった。

だから、そういう選挙に行かない人を非難することはできないにしても、今になって思うのは、とんでもなく勿体ないことをしているということ。
世代別の投票率を見れば、明らかに若年層は低く、高齢者層は高くなる。
年代別投票率の推移
若者向けの政策や、税金の還元ともいえる補助金や政府介入を増やしたところで、若者から票はもらえないとわかれば、政策がお年寄り向きになるのも当然の流れ。
とりわけ子育て世代はその貧乏くじを引かされて、タダでさえ出費が厳しい中、まったくもってサポートがされていない。

3歳以上離さないと幼稚園の月額10万円で家計ショート

幼稚園児が2人いれば毎月10万円前後の出費になるのだから、子供は3歳違いで産んだ方が良いなんてことになる。それはそれで、入学卒業がかぶるので、はたまた4歳違いか?
そんなことを考えていると、高齢出産も増えてきたり、僕たち子育て世代のライフプランは振り回されてしまっている。
月10万円の教育費を払える20代若夫婦がどれだけいるのだろう?
結婚が30代でなんとかやっとというのも至極当然な流れなのは、そこのサポートを怠っている政府の怠慢としか言いようがない。
これはどの政党?という以前に、若い人が行けば若い人向けの政策が立案されるのが至極当然な流れなので白紙票でも良い。行けば、住所、名前を確認されて、行ったことが記録されるから、とにかく行くことが大事ということだ。

働け!というインテリセレブたち

つべこべ言わず働けとうインテリ、セレブ、起業家もいるが、よっぽど世間が見渡せていないらしい。
とりわけ、医者や、カウンセラー、時に大学や学校関係者の人であれば、全員が全員成功できる逸材でないことくらい一目瞭然だと思う。
卒業間近の就職説明会の講師なんかにいくと失礼な話だがよくわかる。
不器用という人間がどれだけいるか?それでも、生きていく。
付け加えれば、遅咲きなだけという子もいる。一緒くたに『やれ』といわれてもできない子がいることを知らない人の言い分だ。
でも、どんな人でも一票を入れることくらいはできるはずだ。
車椅子でも、今時、行けないところに投票所は作らない。
若い人が選挙に行くことで、若い人の人気を獲得するために若い人向けの政策が立案される。これも当然の流れ。子育て世代の当事者が選挙に行かないという例もあるけど、これに関しては全くもって・・・なんとも言いがたし。
ただただ唖然とする。

香港では投票権の獲得のために戦う10代がいる。

未来世紀ジパングで取り上げられる香港の民主化運動では、二十歳に満たない若者達が、中国本土からの政治圧力、中国共産党からの独裁支配から自由になろう、自分達で自分達の香港を守ろうと民主化運動をしている。
是非、見て欲しい。
【民主の女神特別編】未来世紀ジパング 2017/10/22放送分
警察官に羽交い締めにされながら、時に逮捕拘束されても民主化を目指す。
選挙で勝ち得た民主主義を進める議員が議員資格を剥奪されるような政治権力にも負けじと戦っている。
命をかけて、「投票権」を獲得しようとしている香港の若者の姿を見ていると、「どうせ変わらない」と選挙に行かない無関心な日本人を見て、過去の自分のふがいなさを思い出すと同時に、なんともやるせない気持ちになるのです。

2017年10月23日月曜日

「やらない」「続かない」人のやらせ方

コンサルをしていて一番成果が出ない方のタイプ

それは、「続かない人」です。
もしくは、「やらない人」。

致命的のように思える反面、意識だけは前を向いているので、こちらもどう対応して良いかわからなくなっていました。
この場合、仮説を立てて検証してみると答えが見えてきました。

クライエントさんが、こうありたい!と向いている方向がずれているのでは?

好きこそものの上手なれとは申しますが、好きであれば、やらないわけはないし、続かないわけもない。

「こうありたい」イコールノット「好き」

という仮説から検証してみると新たな可能性が見えてきました。

何をしているときが幸せですか?

この問いを掘り下げる。

但し、答えの中にビジネスに繋がりにくい答えが出てくることも多い。
たしかに、どんなことでもブログで記事にして広告収入を得ることはできる、映像にして配信することもできるけど、それはすでに使い古された手段。
ほとんどの場合、収入には繋がりません。

どうしたって、仕事、ビジネスと直結したものに、具体的に持って行かないと、現実的に収入は上がらない。
ビジネス書の良いところだけを鵜呑みにして、大丈夫♪自分にもできそうだ!とモチベーションを上げるのも良いけど、上がったモチベーションは具体的に行動に移さないと、進みません。
ビジネス書はモチベーションを上げてはくれるが、所詮、プル型の情報でしかなく、プッシュ型の戦略は、たとえば、コンサルタントやコーチを活用してでも、進めないと何も始まらない。

そこで、僕がこういったタイプのクライエントさんに対してとる戦略は以下の通り。
是非、参考にしてみてください。

先に習慣を作る戦略

好きなことをあげる→
そのことを活用して習慣を作る→
その習慣をビジネスに変換する

仮にブログを書く一つをとってみても同じことが言えます。

釣りがすきであれば、釣りをテーマにブログを毎日書く。
ブログを毎日書く習慣を作る
書く習慣を利用してビジネスに関するブログも始める

仕事も遊びも、「行動」をとれば同じことが多い。

書くこと、移動すること、話すこと、コンテンツを作ること
中身次第で、趣味になったり、遊びになったり、仕事になったりする。

だからこそ、まず、行動を習慣化してしまうことを提案して、その後に中身を入れ替えてみる。
これが、僕の「続かない」「やらない」クライエントさん向けのコンサル手法です。

2017年10月15日日曜日

カドカワ運営の投稿小説サイトでブログ癖→執筆癖へ

今、目指していることを赤裸々に告白しますか?


20代まではメジャーデビューを目指している!と赤裸々にステージの上からも発表していたにもかかわらず、今はだんまり。
※※を目指している!とは言わなくなりました。

大人になったと言うことか。
よく資格試験なんかは、大々的に発表して周りからの応援や協力を受けた方がいい!って書いてありますけど、そういうのは雰囲気だけ伝わればいいのかなと個人的には思うんです。

一時、脚本家を目指していた。

僕自身、大々的には言っていなかったけど、脚本の勉強がしたくて、シナリオセンターに通っていた時期もあったくらい、ストーリーを作ることが今でも好き。
実際、舞台の台本は何本か書いては、合計10本くらは上演してきた。

シナリオセンターでは、毎週毎週オリジナル作品を発表するのだから、どれだけ創作の世界を生み出してきたものか。
ただ、ほとんどコンクールというものにエントリーしたことがないので、当然、僕自身の立ち位置は何も変わらなかった。
出したところでどうだったかは知るよしもないですが。

文芸や芸術でプロにならなかった選択をした今、思うこと

今、会社を経営していて、自分の立ち位置はここで間違いないし、充実もしている。
そう思っている。
でも、やっぱり、せっかくこういうトレーニングをしてきたのだから、何本かは、誰もが知っているような作品を世に送り出したいと思うようになってきた。

きっとこれは、仕事もプライベートも充実してきたせいなんだと思う。

ということで執筆開始

そうは言っても、産みの苦しみというものはあるもので、まずは、毎朝ラジオを聞くというくらいの日課にしないと、続かない。
40年以上付き合っている自分の脳みそなのでわかっている。

一念発起というものは続かない脳みそ。習慣にしないと無理!
結局、シナリオセンターで毎週、シナリオを書くことは毎回が一念発起だったからドロップアウトしてしまったんだ。

日課にするには、PC立ち上げてすぐ書ける環境が欲しい

とりあえず、書くということを日課にするためにウェブに公開できる仕組みはないものか?と探してみると、2016年3月1日にオープンしたカクヨムという投稿小説サイトを発見した。
カクヨム「書ける、読める、伝えられる」新しい投稿小説サイト

なんとこれ、カドカワが運営しているというお墨付きの投稿サイト。

これを試してみようと思いますが、名前を変えて、こそこそやっていく。
だって、トレーニングだもの。
更に言えば、名前を出さない方が、おっぴろげることができることがあるもんだ。

メリットは書いたそばから読んでもらえる可能性がある。
これは日課にしやすい。

コンクール向けだと、今、書いているものは、何ヶ月か後に審査員に読まれ、更に発表は約1年後なんてことになる。
これでは、モチベーションが続かなそうだ。

カクヨムでは性的描写、暴力描写は良いのかどうか?

性的描写や残酷描写は制限されているけど、青少年に影響を与えない程度には許されているようだ。
性的表現等に関するガイドラインについて
大人なんだから、そういう部分を物語のスパイス程度には入れていく。
読む目的がそっちに行かない程度のスパイス。
ちょっと慣れた頃に、ここを離れて、新人賞を狙っていこうかなと思うけども、これも流れ次第です。

皆さんも、このカドカワが運営するカクヨム。
是非、参加してみてください♪

2017年10月12日木曜日

アーティストは年に3曲入魂の時代

ヴォーカリストから作曲家へ

今年の暮れにタイのバンコクで上演されるミュージカル「不思議の国のアリス」の楽曲の依頼をいただき作らせていただきました。


タイの日本人劇団サザン天都さんとはもう、10年以上の付き合いになる。
気付いたら、この10年、サザン天都さんの曲しか作っていない年もあったのだから、毎年、作曲依頼をいただくことで自分が音楽家であることを思い起こさせてくれる貴重な機会をいただけていたのだなと感謝します。

つい最近までは、昭和の名曲でライヴをしていたので、自分の音楽活動はオリジナルというものから遠ざかっていました。

経営者になって6年目

需要と供給のバランスなんかをいつも意図しているモノだから、世の中にこれ以上、新曲なんて求められていない!と思えば思うほど、産みの苦しみがむなしくも感じていた。
自分が曲なんか作って誰が喜ぶ?

僕がバンドマンを卒業したのは、第一子誕生してから。


バンドをやめたのは長女が生まれたことが直接の理由ではないにしても、間接的には僕自身の岐路にそれなりに影響を与えたんだろう。

夢あきらめて、裏方で生きるべって

音楽活動もほどほどにほとんど聞く側に回ってきた10年で気付いたこと


あれから10年経つと、世界の音楽事情が大きく変わっていて、作曲家としてもその変化については、一喜一憂したりする。

中でも嬉しい変化はDAWソフトの進化。音源の進化。


僕のように、バンド活動を卒業した人でも、生の楽器の音をパソコンの中で自分の思い通りに再生することができたりする。

今年もミュージカルの曲は作ったが自分の曲は作っていない。
楽曲を作っていると、ふと自分の曲はどうだったか?気になって仕方なくなる。

そこで過去の自分の作品の譜面を広げて、なかなかいい曲が眠っていることに気付いた。

当時の自分たちの演奏力や歌唱力が届かなくて日の目を浴びられなかった作品たち。

今こそ、日の目を浴びるときか?と思い立った。


当時は一ヶ月に5曲も10曲も作っていたけど、あれは何のために生んでいたんだろうと今になって気付く。

有名アーティストは3年掛けて1枚のアルバムを作ったりする。

つまり、1年に3~4曲。音楽専門の人達が共同作業でこの量だ。

音楽なんて大量生産するようなものじゃない。聞く側にたてば、そんなもの一目瞭然。

ここ10年、ほぼ聞く側の立場になっていたから気付いたことがある。

結局、記憶に残る曲は1年で2~3曲だ。

とりわけ、今の音楽はアルバムではなく、一曲買いのスタイルが主流。

ならばこちらも、自分の中の最高傑作を1年掛けてリアレンジして世に送り出そうと、こつこつアレンジをし始めました。

当時のメンバーとは、年賀状くらいでしかやりとりしていないけど、あの頃の曲たちが今の世代にどう響くのか?Youtubeや、iTunesを通して、世に送り出してみよう。

人間関係が面倒くさくなったときに読む記事

人間関係が面倒くさくなるとき 自分の時間が相手の都合で勝手に決められるとき 選択権は残されていても、事実上、それを制限するような空気を作られたとき 勧められたことを拒むことで人間性を疑われるリスクをかもちだされた時 非常に面倒くさい 自殺したい人を呼び...